Rickyさんといえば蛙、蛙といえばRickyさんというぐらい蛙に関しては、図抜けている作者です。これは、帽子をかぶってる蛙で、丸い石ですが、蛙の全身を彫っています。よくこのように蛙の各部が見えるものだと思います。実は、以前、Milford NahohaiさんからRickyさんのTurquoise nuggetで作った蛙の首飾りをわけてもらっていて、娘の結婚祝いでプレゼントしていたのですが、その娘からMatching earringsを作ってもらって欲しいと頼まれ、Milfordさんを介して、Rickyさんに依頼していました。Milfordさんは知人の娘さんの結婚式で不在となるということで、Rickyさんを直接訪ねて入手し、Earringsは土曜日のうちにGallupまで出て、娘の所へ送りました。その折に、一緒に求めたものです。色々出してくれましたが、見ていると沢山欲しくなり、懐具合に関係なく買ってしまいそうで、Rickyさんのところに近づくのが怖くなりました。文句なしに超一流といえる作者です。
2009年9月19日土曜日
ズニ2009.9 Ricky Laahty
Rickyさんといえば蛙、蛙といえばRickyさんというぐらい蛙に関しては、図抜けている作者です。これは、帽子をかぶってる蛙で、丸い石ですが、蛙の全身を彫っています。よくこのように蛙の各部が見えるものだと思います。実は、以前、Milford NahohaiさんからRickyさんのTurquoise nuggetで作った蛙の首飾りをわけてもらっていて、娘の結婚祝いでプレゼントしていたのですが、その娘からMatching earringsを作ってもらって欲しいと頼まれ、Milfordさんを介して、Rickyさんに依頼していました。Milfordさんは知人の娘さんの結婚式で不在となるということで、Rickyさんを直接訪ねて入手し、Earringsは土曜日のうちにGallupまで出て、娘の所へ送りました。その折に、一緒に求めたものです。色々出してくれましたが、見ていると沢山欲しくなり、懐具合に関係なく買ってしまいそうで、Rickyさんのところに近づくのが怖くなりました。文句なしに超一流といえる作者です。
ズニ2009.9 Lorandina Sheche
Lorandina ShecheさんのFetishです。5日土曜日に入手したものですが、一番上の写真は、鮑貝のバッファローで、一月に荒削りの状態であって、予約していたものです。二番目の写真は、Green Snailの熊で、この素材で熊を作る人は、Lorandinaさんくらいでしょう。三番目の写真は、白っぽいですが、Spiny Oysterの蛙で、昔のEtchingのかえるを思い出させます。銀で裏打ちしてペンダントにするといいね、と言い合いました。最後の写真の7個のFetishは、熊のヴァリエーションで、さまざまな姿勢が楽しめます。これも一月に予約していたものです。Lorandinaさんには、以前、さまざま姿勢の飛び跳ねている蛙の腕輪とネックレスを作ってもらったことがあります。
ズニ2009.9 Aaron Sheche Chapella
ズニ2009.9 Sarah Leekya
Sarah Leekyaさんは、以前は宝飾細工のアーティストでしたが、今では、Fetish専門です。今年のIndian Marketの折には、Santa Feのフェティッシュ専門店Keshiで個展をして、すべて売り切ってきたそうです。私が研究しているZuniのAntique JewelryのInformantの一人で、5日の土曜日に、これらすべてを作ってくれました。全部で11個ですが、土竜だけは、どうしても磨けなかったからとおまけでした。一番大きな白い動物はMountain Lionで、熊、穴熊、狼、鷲、兎や蛙、ビーバー、狐、鳥で11個です。Old StyleのFetishの常として、私にもどれがどれだかはっきりはしません。
ズニ2009.9 Bernard Homer, Jr. その2
ズニ訪問2009.9 その1 Bernard Homer, Jr.
9月1日(火)前日に一泊したGallupを出発して、ズニに入り、Sheche家に落ち着きました。すると、すぐ裏にあるHomer家から連絡があり、待っていたとの事。早速、Sheche家の裏口から出て、Juanaさんに会いました。このとき頂いたのは、すべてBernardさんの蛙、オオカミ、穴熊と狐三個でした。素材は、蛙のみがSodaliteで、あとはSpiny Oysterです。次の日またお呼びがかかり、このときは、左側一番上のSix Directional setと、Green Snailの二羽のEagle,Pipe stoneの鳥、それにJuanaさんの白い鳥を入手しました。今回は、BernardさんのFetishを沢山入手できた旅でした。
2009年4月2日木曜日
2009年初のズニ滞在(5)
3月29日(日)
朝9時過ぎに起きると、前日約束していたPhilanderさんを訪ねました。Philanderさんには、Andrew Dewaさんの作ったRam KachinaのBoloの修理を依頼していました。それを受け取り、支払いを済ませ、出版予定の本に載せる写真をお見せしました。
Sheche家に帰ってきて、昼食を済ませると、いよいよお別れです。8月に再会を誓い、次に持ってくるお土産の注文を受けました。すると、Lorandinaさんから、巻貝から彫られた熊をいただきました。写真を掲載しますのでご覧ください。このような巻貝から彫られるのは鷲が一般的で、熊を見たのは初めてでした。この作者の並々ならぬ力量が窺える逸品だと思います。この貝は、カリフォルニアの海岸に住む友人が、海岸で拾って送ってくれたものだそうです。波に洗われ、穴のあいたこの貝を見ていたら、熊が見えてきて、それで最小限の細工をして、この熊を彫り出したのだそうです。これは、昨年8月末のインディアン・マーケットのために準備していたものが間に合わずに、後で完成させ、とっておいたものだそうです。また、大きな鮑貝の半分の断片から彫られた未完成のバッファローも見せていただき、後から完成させて、送ってくれることになりました。また、もう一つの写真は、Thelmaさんが以前作った牡牛のスカーフ・リングです。
午後1時に別れを告げ、Nahohai家、Vacit家に別れのあいさつを告げ、Lorraine Waatsaさんの家を訪ねました。仕事が遅れていて、この日にピンとボロを受け取ることになっていましたが、訪ねたときにはまだできていませんでした。3時ころようやく完成し、支払いを済ませ、ZuniからRamahを通ってGrantsへ抜ける地方道でGrantsへ向かいました。Grantsでは、Walmartで食料品とワイシャツを買い込み、I40にのってAlbuquerqueへ向かいました。Albuquerqueでは、$30ほどのモーテルを探して泊まり、翌朝6時半にレンタカーを返して、空港からミネアポリス経由で成田に戻ってきました。
収穫の多い旅でした。お世話になった皆様に感謝、感謝です。
2009年初のズニ滞在(4)
3月28日(土)
この日は忙しい一日でした。まず、10時に朝食をいただいたあと、持っているKnifewingとRainbow Manをすべて持って、Frank Vacit家の棟続きに住む、Leekya Deyuseさんの娘さんであるSarah Leekyaさんを訪ねました。Sarahさんは、わからないことはわからないといい、わかることのみ明確に答えていただける方ですので、かなり頼りにしています。ここでの最大の収穫は、Frankさんの弟にHomer Vacitさんがいて、その方の作品が確認できたことです。どの文献にも名前がありませんし、作品も今まで分かっていませんでした。私の本で、初めて名前と作品が紹介されることになるでしょう。それと同時にあらためて驚くことは、作者ごとに多様なKnifewingとRainbow Manが作られているとともに、それぞれの作者も多様な作品を作っていることです。
以前は、だれが作ったものかは、作品を見れば自明であることから、刻印を入れることはなかったようです。70年代に入り、お店やコレクターの要求で、刻印を入れるようになりましたが、古い作品は、次第にその作者を知る人が亡くなり、いずれ、誰の作品かわからなくなります。そして、コレクターや売り手の世界では、間違った作者名も横行しています。ズニで、誰の作品か分かっている人がまだいるうちに、調査をしておくことが急がれます。
3時ころ、Martsaさんを訪ね、Rainbow Manのボロを受け取ってきました。受け取ったのは、Bolo slideのみで、家に帰って、自分で編んだ革ひもとBolo tipsをセットすることになります。
Martsaさんの家から戻ると、幼稚園のSpring PagentでNavajo Danceを踊るひ孫のドニエちゃんの着付けが始まっていました。衣装はLorandinaさんの手作りで、白いモカシンを履き、さまざまなズニの宝石で正装させられていました。皆で、High Schoolの体育館に出かけ、1時間半にわたり、8組のダンスを見学しました。私はカメラマンを務めましたが、3歳から5歳の幼い人たちが踊る伝統的なダンスは、完成度はともかくとして、とても可愛いものでした。
7時ころ帰ってきて、ドニエちゃんの記念写真が終わると、Night Danceのための食事の準備にかかりました。私は、前から依頼があったチャーハンと中華風コーンスープを作りましたが、あり合わせの材料で、しかも炊飯器がないために、チャーハンは似ても似つかないものとなってしまいました。食事は、このほかにズニの伝統的なブルー・コーンのホットケーキと、2種類の羊のスープなどたくさん準備され、それをSheche家の4代がそろっていただきました。
9時半には、近くの家に、Ardenさんが依頼してくれて、Night Danceを見学するための席が用意されていました。30分ほど待っていると、HililiのNight Danceが始まりました。さまざまな仮面をつけた100人以上の踊り手が、入れ替わり立ち替わり訪ねてきて、太鼓と歌に合わせて踊ります。その音楽に、踊り手の体に付けられた鈴の音が加わり、ダイナミックな音楽と踊りが延々と続きます。私が見せていただいた家では、10時から1時半まで3時間半にわたるパーフォーマンスでしたが、別の機会には、朝の4時ころまで続くこともあるそうです。2時前にSheche家に戻り、近所の家で続いている踊りを家の中から見ながら、2時半ころには床につきました。
この日は忙しい一日でした。まず、10時に朝食をいただいたあと、持っているKnifewingとRainbow Manをすべて持って、Frank Vacit家の棟続きに住む、Leekya Deyuseさんの娘さんであるSarah Leekyaさんを訪ねました。Sarahさんは、わからないことはわからないといい、わかることのみ明確に答えていただける方ですので、かなり頼りにしています。ここでの最大の収穫は、Frankさんの弟にHomer Vacitさんがいて、その方の作品が確認できたことです。どの文献にも名前がありませんし、作品も今まで分かっていませんでした。私の本で、初めて名前と作品が紹介されることになるでしょう。それと同時にあらためて驚くことは、作者ごとに多様なKnifewingとRainbow Manが作られているとともに、それぞれの作者も多様な作品を作っていることです。
以前は、だれが作ったものかは、作品を見れば自明であることから、刻印を入れることはなかったようです。70年代に入り、お店やコレクターの要求で、刻印を入れるようになりましたが、古い作品は、次第にその作者を知る人が亡くなり、いずれ、誰の作品かわからなくなります。そして、コレクターや売り手の世界では、間違った作者名も横行しています。ズニで、誰の作品か分かっている人がまだいるうちに、調査をしておくことが急がれます。
3時ころ、Martsaさんを訪ね、Rainbow Manのボロを受け取ってきました。受け取ったのは、Bolo slideのみで、家に帰って、自分で編んだ革ひもとBolo tipsをセットすることになります。
Martsaさんの家から戻ると、幼稚園のSpring PagentでNavajo Danceを踊るひ孫のドニエちゃんの着付けが始まっていました。衣装はLorandinaさんの手作りで、白いモカシンを履き、さまざまなズニの宝石で正装させられていました。皆で、High Schoolの体育館に出かけ、1時間半にわたり、8組のダンスを見学しました。私はカメラマンを務めましたが、3歳から5歳の幼い人たちが踊る伝統的なダンスは、完成度はともかくとして、とても可愛いものでした。
7時ころ帰ってきて、ドニエちゃんの記念写真が終わると、Night Danceのための食事の準備にかかりました。私は、前から依頼があったチャーハンと中華風コーンスープを作りましたが、あり合わせの材料で、しかも炊飯器がないために、チャーハンは似ても似つかないものとなってしまいました。食事は、このほかにズニの伝統的なブルー・コーンのホットケーキと、2種類の羊のスープなどたくさん準備され、それをSheche家の4代がそろっていただきました。
9時半には、近くの家に、Ardenさんが依頼してくれて、Night Danceを見学するための席が用意されていました。30分ほど待っていると、HililiのNight Danceが始まりました。さまざまな仮面をつけた100人以上の踊り手が、入れ替わり立ち替わり訪ねてきて、太鼓と歌に合わせて踊ります。その音楽に、踊り手の体に付けられた鈴の音が加わり、ダイナミックな音楽と踊りが延々と続きます。私が見せていただいた家では、10時から1時半まで3時間半にわたるパーフォーマンスでしたが、別の機会には、朝の4時ころまで続くこともあるそうです。2時前にSheche家に戻り、近所の家で続いている踊りを家の中から見ながら、2時半ころには床につきました。
2009年初のズニ滞在(3)
3月26日(木)
午前中に、Zuni Traibal Officeに、CounsilmanのArden Kucateさんを訪ねて、出版許可の件を相談しました。Ardenさんは、Thelma Shecheさんの一人息子で、お祖父さんのTheodore Kucateさんの苗字がなくなるのを惜しんで、ShecheのFamily NameをKucateにかえた、3期目の議員です。そこでは、原稿のRough Draftをお見せしながら手続きについて助言をいただき、出版の目的と、出版がズニの人々やズニ全体にとってどんな利益があるかを説明した文書を、Governor宛てに送るようにと言ってもらいました。そして、同僚の議員さん、4人にも紹介していただきました。
昼食を2時にいただき、Thelmaさんと二人で、Townに買い物に出かけました。この場合ズニの人々にとってTownとは、Gallupのことです。はじめは、税金のかからないNavajo族の経営している食料品店に行く予定でしたが、途中から吹雪がひどくなり、前方がほとんど見えなくなり、その食料品店を見つけることができませんでした。それで、税金のかかる普通の食料品店に行き先を変え、そこで120ドルほど買い物をし、それは滞在費の一部として、負担させていただくことにしました。
ズニに戻ってきて、約束していたLorraineさんに伺うと、仕事が遅れているので、土曜日に再度伺うということになりました。
3月27日(金)
オハイオに住む息子から届いた荷物をもって再度Frank Vacitさんの娘さんを訪ねました。古い宝飾細工の作者についての意見を聴くためですが、今回も数点、Vacitさんの作品が確認できました。また、その帰りには再度Martsaさんを訪ね、注文しておいた品物の値段を確認しました。というのは、Cashier's CheckのCashingが5営業日後の31日までできないため、持っている現金が足りるかを確認したかったためです。十分足りることが確認できたため、安心しました。Shecheさんの家に戻って休息していると、夕方Martsaさんの娘さんが現れ、2インチほどのKnifewingが届けられました。
午前中に、Zuni Traibal Officeに、CounsilmanのArden Kucateさんを訪ねて、出版許可の件を相談しました。Ardenさんは、Thelma Shecheさんの一人息子で、お祖父さんのTheodore Kucateさんの苗字がなくなるのを惜しんで、ShecheのFamily NameをKucateにかえた、3期目の議員です。そこでは、原稿のRough Draftをお見せしながら手続きについて助言をいただき、出版の目的と、出版がズニの人々やズニ全体にとってどんな利益があるかを説明した文書を、Governor宛てに送るようにと言ってもらいました。そして、同僚の議員さん、4人にも紹介していただきました。
昼食を2時にいただき、Thelmaさんと二人で、Townに買い物に出かけました。この場合ズニの人々にとってTownとは、Gallupのことです。はじめは、税金のかからないNavajo族の経営している食料品店に行く予定でしたが、途中から吹雪がひどくなり、前方がほとんど見えなくなり、その食料品店を見つけることができませんでした。それで、税金のかかる普通の食料品店に行き先を変え、そこで120ドルほど買い物をし、それは滞在費の一部として、負担させていただくことにしました。
ズニに戻ってきて、約束していたLorraineさんに伺うと、仕事が遅れているので、土曜日に再度伺うということになりました。
3月27日(金)
オハイオに住む息子から届いた荷物をもって再度Frank Vacitさんの娘さんを訪ねました。古い宝飾細工の作者についての意見を聴くためですが、今回も数点、Vacitさんの作品が確認できました。また、その帰りには再度Martsaさんを訪ね、注文しておいた品物の値段を確認しました。というのは、Cashier's CheckのCashingが5営業日後の31日までできないため、持っている現金が足りるかを確認したかったためです。十分足りることが確認できたため、安心しました。Shecheさんの家に戻って休息していると、夕方Martsaさんの娘さんが現れ、2インチほどのKnifewingが届けられました。
2009年初のズニ滞在(2)
3月24日(水)
ズニ滞在第二日目は、10時に朝食をとり、まず、Frank Vacitさんの娘さんを訪ねました。Frank Vacitさんは既に亡くなっていますが、有名なCarverであるLeekya Deyuseさんの娘さんであるElizabethさんが奥さんですから、その娘さんたちはLeekyaさんのお孫さんにあたります。今回の滞在の目的は30年代から50年代にかけてのKnifewingとRainbow Manの宝飾細工の作者をはっきりさせることにありますから、日本から持ってきた古い作品を見せて、その作者について、意見をもらうことでした。いろいろ貴重な意見を提供してもらうことが出来ましたが、中でも、Frank Vacitさんの作品が何点か確認できたのが大きな収穫でした。また、ズニの正装した男女のビーズ人形も入手することが出来ました。
そのあとで、Leonard Martsaさんの家を教えてもらい、訪ねました。Leonardさんは、Pueblo Tradingで銀細工職人として長く働いてきました。彼のキャリアの最初は、有名なC. G. WallaceのTrading Postでしたし、ズニのMosaic Jewelryの歴史において、重要なArtistの一人でもあります。私は、LMの刻印のある彼の銀細工は数点持っていますが、Mosaic workもレナードさんのものは、イヤリング1点のみでしたから、彼のオリジナルのKnifewingとRainbow Manを入手したくて、2週間ほど前に手紙を送り、注文しておりました。その日は、その確認が目的でした。土曜日までに作って頂けるという確約をもらい、彼の家を後にしました。
夕方、2度目のComanch Danceを見学しました。Dance Plazaは、四方を家で囲まれていて、その家の中からも見学することができますが、普通の人は、その家々の屋根の上から見学することになります。その屋根は、公認のSeeing Spotになっていますし、アクセスも容易にできるようになっていて、公の通りような感じがします。帰りに、前日に紹介してもらっていたPhilander Giaさんを再度訪ねました。Philanderさんは、有名なZuni Fire Fighterの一員でしたから、Artistとしては隠れた存在ですが、最近Kachina Jewelryの作者として登場してきた50代半ばころの方です。最近、Aaron Chapella君のBow Guardを作成し、McKeffe君のCorn KachinaのBow Guardも制作依頼をしているそうです。Philanderさんには、私もKnifewingとRainbow Manの制作を依頼をしました。
ズニ滞在第二日目は、10時に朝食をとり、まず、Frank Vacitさんの娘さんを訪ねました。Frank Vacitさんは既に亡くなっていますが、有名なCarverであるLeekya Deyuseさんの娘さんであるElizabethさんが奥さんですから、その娘さんたちはLeekyaさんのお孫さんにあたります。今回の滞在の目的は30年代から50年代にかけてのKnifewingとRainbow Manの宝飾細工の作者をはっきりさせることにありますから、日本から持ってきた古い作品を見せて、その作者について、意見をもらうことでした。いろいろ貴重な意見を提供してもらうことが出来ましたが、中でも、Frank Vacitさんの作品が何点か確認できたのが大きな収穫でした。また、ズニの正装した男女のビーズ人形も入手することが出来ました。
そのあとで、Leonard Martsaさんの家を教えてもらい、訪ねました。Leonardさんは、Pueblo Tradingで銀細工職人として長く働いてきました。彼のキャリアの最初は、有名なC. G. WallaceのTrading Postでしたし、ズニのMosaic Jewelryの歴史において、重要なArtistの一人でもあります。私は、LMの刻印のある彼の銀細工は数点持っていますが、Mosaic workもレナードさんのものは、イヤリング1点のみでしたから、彼のオリジナルのKnifewingとRainbow Manを入手したくて、2週間ほど前に手紙を送り、注文しておりました。その日は、その確認が目的でした。土曜日までに作って頂けるという確約をもらい、彼の家を後にしました。
夕方、2度目のComanch Danceを見学しました。Dance Plazaは、四方を家で囲まれていて、その家の中からも見学することができますが、普通の人は、その家々の屋根の上から見学することになります。その屋根は、公認のSeeing Spotになっていますし、アクセスも容易にできるようになっていて、公の通りような感じがします。帰りに、前日に紹介してもらっていたPhilander Giaさんを再度訪ねました。Philanderさんは、有名なZuni Fire Fighterの一員でしたから、Artistとしては隠れた存在ですが、最近Kachina Jewelryの作者として登場してきた50代半ばころの方です。最近、Aaron Chapella君のBow Guardを作成し、McKeffe君のCorn KachinaのBow Guardも制作依頼をしているそうです。Philanderさんには、私もKnifewingとRainbow Manの制作を依頼をしました。
2009年初のズニ滞在(1)
3月23日成田を発って、今年初のズニ訪問をして、31日無事成田に帰ってきました。今回は、現在中心的に収集しているズニのMosaic Jewelryに関する調査が主たる目的の滞在でした。
23日朝には、成田空港でFedexの事故があり、出発は少々遅れましたが、飛行機はやや小さかったため、第二滑走路からサンフランシスコに向けて出発しました。サンフランシスコで入国手続きを済ませ、Salt Lake City経由でAlbuquerqueへ着いたのが夕方6時半ころ、すぐにバスでレンタカー会社の集まったところへ行き、Avisでレンタカーを借りました。そのまま、I25に乗り、I40に乗り換えて、途中Sky City Casinoでハンバーガーのセットを購入して、Gallupへ向かいました。Gallupでは、Historic Rout 66沿いのモーテルに一泊しました。
24日、9時を待って銀行へ行き、Casier's Checkを預け入れ、その後、Richardson's TradingとPerry Nullを冷やかしてからズニへ向かいました。ズニへは、Gallupより35マイルほどになりますが、途中Joe MiloというTrading Postに立ちより、現在研究しているKnifewingのバックルを入手しました。値段が安いことと、Frank Vacitの作品ではないかということで購入したのですが、店の主人はNatachuの家の誰かの作品ではないかと言っていました。結局このバックルは、Vacit家の娘さんの鑑定で、Frankさんのの作品ということになりました。
ズニへ到着すると、Thelma Shecheさんの家で荷物をほどき、持参したお土産を渡しました。Thelmaさんの孫のAaron ChapellaさんとMcKeffe Chapellaさんの娘さんには、日本の着物を着せた抱き人形を、二人のお母さんであるLorandina Shecheさんにはミニチュアのゴジラ人形を、Thelmaさんには日本の洋菓子を差し上げました。Shecheさんの家では、10年ほど前からGuestとして滞在を許されていますから、以前McKeffe君の部屋だったところに5泊滞在させてもらうことになりました。その日は、夕方からAaron君の参加しているコマンチダンスがあるということで、その前に、友人や兄から依頼されていたトルコ石のピンと珊瑚のボロをLorraine Waatsaさんに注文しに行きました。Lorraineさんは、Cluster Workで著名な方ですが、今まで何度か作ってもらいましたので、注文はすぐに終わり、木曜日夕方には取りに行くということになりました。その帰り、前からお世話になっている友人のMilford Nahohaiさんを訪ね、MilfordさんとRandyさんにお土産を渡して、準備している出版の件で、Tribal Officeで許可をもらう手続きについて助言をもらいました。
夕方のコマンチダンスは、ズニ・プエブロのダンス・プラザで、10人のMud Headたちと、数十人のコマンチダンサーが参加して、Eddie Beyukaさんの宝飾細工に描かれているコマンチドラマーの太鼓と歌に合わせた勇壮なダンスでした。
23日朝には、成田空港でFedexの事故があり、出発は少々遅れましたが、飛行機はやや小さかったため、第二滑走路からサンフランシスコに向けて出発しました。サンフランシスコで入国手続きを済ませ、Salt Lake City経由でAlbuquerqueへ着いたのが夕方6時半ころ、すぐにバスでレンタカー会社の集まったところへ行き、Avisでレンタカーを借りました。そのまま、I25に乗り、I40に乗り換えて、途中Sky City Casinoでハンバーガーのセットを購入して、Gallupへ向かいました。Gallupでは、Historic Rout 66沿いのモーテルに一泊しました。
24日、9時を待って銀行へ行き、Casier's Checkを預け入れ、その後、Richardson's TradingとPerry Nullを冷やかしてからズニへ向かいました。ズニへは、Gallupより35マイルほどになりますが、途中Joe MiloというTrading Postに立ちより、現在研究しているKnifewingのバックルを入手しました。値段が安いことと、Frank Vacitの作品ではないかということで購入したのですが、店の主人はNatachuの家の誰かの作品ではないかと言っていました。結局このバックルは、Vacit家の娘さんの鑑定で、Frankさんのの作品ということになりました。
ズニへ到着すると、Thelma Shecheさんの家で荷物をほどき、持参したお土産を渡しました。Thelmaさんの孫のAaron ChapellaさんとMcKeffe Chapellaさんの娘さんには、日本の着物を着せた抱き人形を、二人のお母さんであるLorandina Shecheさんにはミニチュアのゴジラ人形を、Thelmaさんには日本の洋菓子を差し上げました。Shecheさんの家では、10年ほど前からGuestとして滞在を許されていますから、以前McKeffe君の部屋だったところに5泊滞在させてもらうことになりました。その日は、夕方からAaron君の参加しているコマンチダンスがあるということで、その前に、友人や兄から依頼されていたトルコ石のピンと珊瑚のボロをLorraine Waatsaさんに注文しに行きました。Lorraineさんは、Cluster Workで著名な方ですが、今まで何度か作ってもらいましたので、注文はすぐに終わり、木曜日夕方には取りに行くということになりました。その帰り、前からお世話になっている友人のMilford Nahohaiさんを訪ね、MilfordさんとRandyさんにお土産を渡して、準備している出版の件で、Tribal Officeで許可をもらう手続きについて助言をもらいました。
夕方のコマンチダンスは、ズニ・プエブロのダンス・プラザで、10人のMud Headたちと、数十人のコマンチダンサーが参加して、Eddie Beyukaさんの宝飾細工に描かれているコマンチドラマーの太鼓と歌に合わせた勇壮なダンスでした。
2009年1月9日金曜日
Fetish Necklace By Leekya Deyuse





Leekya DeyuseさんのFetish Necklaceです。主として、鳥から構成されていますが、他に、珊瑚の熊が2頭と、鮑貝の狼が1頭、、それから、スコーラップに近いビーズの部分に、彫刻したトルコ石のナゲットが取り付けられています。このように、オフセットの位置に彫った石が加えられる作例は、リーキャさんの首飾りによく見られます。ビーズは主として珊瑚で、ペンシェルも使われています。残念なことに、トルコ石の鳥が一羽壊れています。
これは、HOBO28さんからLeekyaさんの作品として購入したEarringsが、娘のSarahさんのものと分かって、彼にメールを書き、「私がリスクを取ったのだから、Leekyaさんのものでなかったけど、それでかまわない」と言ってやったところ、「悪いから、この首飾りを安くします」と言って、分けてくれたものです。安くするといっても、結構な値段でしたが、Leekyaさんの首飾りが入手できるチャンスは2度とないと考え、購入しました。
Wolf Earrings By Leekya Deyuse

Leekya Deyuseさんのものと思われるイヤリングです。動物はWolfのようです。ねじ式の留め金で、その表に彫刻したトルコ石をあしらい、そこから、鮑貝の表と裏を生かしたWolfのFetish Carvingを銀線でぶら下げています。この表情や彫り方は、明らかにOld Man Leekyaさんの特徴を表しています。今となっては貴重な作品です。製作年代は、1960年頃でしょうか。
昨日、古くからの友人であるSaraさんからメールがあって、このイヤリングを二人で競り合っていたことがわかりました。ほかの方は76ドルまでで、その後は二人だけでした。彼女は、自分一人が自信を持って大きくかけると思っていたのだそうです。結果的には、二人だけだと、笑っていました。
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