2009年4月2日木曜日

2009年初のズニ滞在(4)

3月28日(土)
 この日は忙しい一日でした。まず、10時に朝食をいただいたあと、持っているKnifewingとRainbow Manをすべて持って、Frank Vacit家の棟続きに住む、Leekya Deyuseさんの娘さんであるSarah Leekyaさんを訪ねました。Sarahさんは、わからないことはわからないといい、わかることのみ明確に答えていただける方ですので、かなり頼りにしています。ここでの最大の収穫は、Frankさんの弟にHomer Vacitさんがいて、その方の作品が確認できたことです。どの文献にも名前がありませんし、作品も今まで分かっていませんでした。私の本で、初めて名前と作品が紹介されることになるでしょう。それと同時にあらためて驚くことは、作者ごとに多様なKnifewingとRainbow Manが作られているとともに、それぞれの作者も多様な作品を作っていることです。
 以前は、だれが作ったものかは、作品を見れば自明であることから、刻印を入れることはなかったようです。70年代に入り、お店やコレクターの要求で、刻印を入れるようになりましたが、古い作品は、次第にその作者を知る人が亡くなり、いずれ、誰の作品かわからなくなります。そして、コレクターや売り手の世界では、間違った作者名も横行しています。ズニで、誰の作品か分かっている人がまだいるうちに、調査をしておくことが急がれます。
 3時ころ、Martsaさんを訪ね、Rainbow Manのボロを受け取ってきました。受け取ったのは、Bolo slideのみで、家に帰って、自分で編んだ革ひもとBolo tipsをセットすることになります。
 Martsaさんの家から戻ると、幼稚園のSpring PagentでNavajo Danceを踊るひ孫のドニエちゃんの着付けが始まっていました。衣装はLorandinaさんの手作りで、白いモカシンを履き、さまざまなズニの宝石で正装させられていました。皆で、High Schoolの体育館に出かけ、1時間半にわたり、8組のダンスを見学しました。私はカメラマンを務めましたが、3歳から5歳の幼い人たちが踊る伝統的なダンスは、完成度はともかくとして、とても可愛いものでした。
 7時ころ帰ってきて、ドニエちゃんの記念写真が終わると、Night Danceのための食事の準備にかかりました。私は、前から依頼があったチャーハンと中華風コーンスープを作りましたが、あり合わせの材料で、しかも炊飯器がないために、チャーハンは似ても似つかないものとなってしまいました。食事は、このほかにズニの伝統的なブルー・コーンのホットケーキと、2種類の羊のスープなどたくさん準備され、それをSheche家の4代がそろっていただきました。
 9時半には、近くの家に、Ardenさんが依頼してくれて、Night Danceを見学するための席が用意されていました。30分ほど待っていると、HililiのNight Danceが始まりました。さまざまな仮面をつけた100人以上の踊り手が、入れ替わり立ち替わり訪ねてきて、太鼓と歌に合わせて踊ります。その音楽に、踊り手の体に付けられた鈴の音が加わり、ダイナミックな音楽と踊りが延々と続きます。私が見せていただいた家では、10時から1時半まで3時間半にわたるパーフォーマンスでしたが、別の機会には、朝の4時ころまで続くこともあるそうです。2時前にSheche家に戻り、近所の家で続いている踊りを家の中から見ながら、2時半ころには床につきました。
 

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